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あの日に還りたい

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 私は三十五歳で部長に抜擢された。この会社では異例のスピード出世だと、いくつもの経済誌が取材に来たほどだ。しかし、私にいわせれば異例でもなんでもない。むしろ当然の結果なのだ。それはそうだろう。ほとんど締結寸前までいっていた契約をライバル社から奪い取ったり、その後リコールを招いたかもしれない製品の重大な欠陥を、生産ラインの準備段階で指摘してやったりしたのだから。

 ちょうどそのころ、ある女流作家の睡眠薬自殺がマスコミをにぎわせていた。夫との不仲が原因だろうという憶測記事は流れていたものの、遺書が見あたらず、どのマスコミもはっきりとした動機はいまだにつかめないでいる。その女流作家とは田邑美砂――つまり、田村みさえのことだった。私は、女流作家田邑美砂が田村みさえであることに、グラフ誌を見るまで不覚にも気づかなかった。彼女は恋愛小説家として業界の中堅どころであったらしい。グラフ誌に掲載された写真のなかの田邑美砂は、時の波に洗われ、静かに人をひきつける日本情緒のある美貌に育っていたが、そのなかに高校卒業当時の面影を探すのはそう難しいことではなかった。ただ口もとに浮かべた微笑になぜかはかなさが漂っているように感じてしまうのは、彼女の将来を知るゆえバイアスのかかったレンズをとおしてしか、その写真を見ることができないからなのだろうか。



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